永年勤務していた元社員がガンで70歳で亡くなった。
治療のすべもない事が決まった、本人が最後を病院ではなく自宅で過ごす事を希望した。
さーどうする、妻はコバヤシに40年近く勤務のベテラン、長い勤務歴の中で、休む事は
ほとんどなかった。
冠婚葬祭も最短で済ませ、
風邪をひいて寝るのは土日月曜日は出社、
年1回の成人病検診は朝一番で行き、昼には戻り、仕事をする。
こんな立派な勤務を続けて来て、連れ合いの希望で家庭で看護をするという事は、
勤務する事は不可能。
本人から「明日から休ませて下さい」即答で「解った会社は大丈夫だから、今まで手を
掛けなかった亭主を精一杯面倒見てあげると良いね」これで自宅介護は決定。
それから24時間体制での介護になった、食事が入らない状態だったので、みるみる痩せて
来たが口は達者ではっきり、大きな声で会話が出来ていた。
階段の昇降が苦しくて、散歩ができなくなり寝ている事が多くなった。トイレも自分で頑張って
行き、おむつをしたのは2日間だけ、痩せて顔つきが変わったが、色白で穏やかな表情で天国へ。
お互いに助け合いながらの夫婦生活、子供や孫にめぐまれて、いい人生を送り、見事な旅立ち。
「三郎さん、照子さんと結婚して良かったね」最後に私がかけた言葉です。
妻に有難うと言ってくれたか聞くと、言われないけど自分が「おとーさん有難うね、有難うね」
と何回も声をかけたら、頷いていたと聞いて、温かい夫婦の愛情で、思わず涙が浮かんだ。
素晴らしい別れの場面でした。
夫婦像はいろいろだが、コバヤシに勤務して、見染めて結婚。子育てをしながらの勤務。
私が苦しい、困難な事に何回遭遇しても、「やるっきゃ無いですね」の言葉に、私は味方を得て
乗り越えようとする力を貰いました。
夫婦の年齢差13歳だったので、夫を見送りまだまだ元気で、これからは自分を大事にして
健康と趣味を見つけて、活き活きと生きて貰いたい。
葬儀は全くの家族だけ、他人では私だけは会社の長として参加した。お経のおつとめが終わって
から、全員で席についてお食事となった。上手に旅立ちを見送ったので、なんとも明るく朗らか
で和んだ雰囲気は今まで見たことも聞いたこともないお弔いだった。
家族だけの葬儀はいいものだと感動したが、家族が互いに仲良く助け合う思い遣りの深い関係
だからなりえた見事な儀式でした。