思いもかけない事でした、病気は何回もしたが、怪我の記憶は全くない私が足首を捻挫した。
日曜日6時から公園で太極拳をして、朝食後ゴルフのレッスンを受けてからOKストアで1週間分の
食材を購入、ガソリンスタンドに寄り給油をして貰いながら洗車を依頼。
洗車は何時も数台待ちなのに当日は2台待ち、待ち時間が長い時は諦めて帰るのが常の事で、
今日は空いていてこれはラッキー。朝から何て効率の良い日だとウキウキして待つ間にトイレを借り
てトイレブースを出る時、ドアの下には5センチほどの段差が有ることを気付かずに踏み外した。
「アッ痛い、しまつた」何回か足をギクとさせる事はあったが、都度なんともないので流石に日頃鍛え
ているから大事には至らないのが常だった。しかし今回は気持ちが緩んでいた事と、靴ではなく
サンダル履きと云う悪条件も重なり、足首をギクッと捻挫した。
魔が差したのか、加齢現象かと意気消沈して帰宅した。その日は大したことは無く良かったと思い
大事を取って午後からは自宅で静かにしていた。
翌日は町田での太極拳指導員研修があるので、朝起きた様子で出欠を決めようと思いながら就寝。
朝起きたら大丈夫そうなので公園に行き、朝練習はかばいながらも出来た。
午後から町田にはびっこを引きながら到着、2時間の練習後早々に引き揚げ、帰りの電車では
痛みがひどくなり、自宅にようやくたどり着いたが、痛みと腫れが出てきた。夜間は痛みで掛け布団
の重みも痛い位で、トイレに行くのも這いずっていく始末。あ~この姿は20年後の自分なのかト。
85歳の母親のありし日の姿を思い出し、老後の一人暮らしの不安が頭をよぎった。
私もそうなるのか、だれか面倒を見てくれるのかなト。
その話を聞いた次男は「可愛くしていれば面倒見るよ」呆れ果てたという様子で言葉を吐いた。
周囲は笑いで締め括られたが、五体満足で健康な時は一人での生活には、何の不自由も不安
は無いが、やはり自由が利かない体と頭と心になった時は、保護してくれる人が居て欲しいと思う。
そのためには今から「可愛い」を訓練しないとならないと思った。時をみてバランス良く抜き差ししよう。
7年前に亡くなった母は、何時も笑顔で、有難う、美味しね、気持ちいね、と労をねぎらう言葉を周囲に
沢山振りまいていた。それに加えて気持ち良く、おこずかいを物事の折おりに上手に渡していた。
現役時代は、誰よりも朝早くから会社に来て、父親を支えて良く働き、晩年は縁の下の力持ちで
誰からも歓ばれる老人像で88歳の良い人生を締めくくった。
とはいえ私には注文が多く働いていれば安心してたが、仕事以外の事については制約を掛けていた
その呪縛が緩んだのは私が60歳の還暦を迎えたころからで、ゴルフも新内のお稽古の報告も
ようやく嬉しそうに聞いてくれるようになった。
そんな事を思い出させる怪我だった。元気とはいえ73才は立派な高齢者、健康と怪我に注意して
占の通り97歳までボケずに活きる、可愛さも持ち合わせて生きる。
予定ではあと24年あるので沢山の歓びを創造していきたいと切に思う怪我であった。