18歳で高校を卒業してから早や64年経過して、ひょんなことから同窓会に1月21日(火曜日)参加する事になった。
私は60歳の時一度だけ参加したが、この会は私のいる場所ではないとの思いで、それ以後は参加していない。
それなので当然お知らせも届かないで同窓会という存在自体に気にもかけずにいた。
それなのになぜ同窓会に出席することのなったかというのが奇遇な話で、昨年10月2年前に入門した詩吟の会の発表会で
突然声が掛かった。「小林初江さんですよね、赤商業36年卒業の小林初江さんですよね」と笑顔で尋ねられた。
どうして詩吟の会場で18歳で卒業して64年も経過している82歳の私を知っている人が居ることにビックリ仰天した.。
詩吟の会に2年前入会した際新人は会報に一言コメントを記載するように依頼があり、書いた会報の記事内容を見て、
私だと直感したそうで、何処かで何時かは必ず巡り合えると思っていたら、何と1年後に詩吟のプログラムで
私の名前を見つけ駆け寄って来てくれたのです。
私は結婚しても名前が変らなかったので解り易いとはいえ、この広い世の中で偶然詩吟という趣味で会うとは
奇跡的な再会劇があつたのです。そこで1月に同窓会があるからとお誘いを受けての参加となった。
1月21日男性7名女性11名合計18名の皆さんが、有楽町駅前の中華料理店集いました。
私はとても静かな生徒で、放課後はテニスを3年関していたが、終われば直ぐ帰宅する学生生活をしていたので、
皆さんと一緒に遊ぶ接点もなく、親しい人は一人二人位で、今回同窓会に参加した人とは、
学生時代の思い出は皆無と言ってよい位だったので、出来る昔話もないので、話をひたすら聞くのみでした。
皆さんの親しい会話を聞いていると卒業後64年間のお付き合いの深さと長さをほほえましく見てていただいたのです。
私は20歳で結婚、出産、子育て、稼業に従事と、ただただ一心不乱にと云うよりか、それしか見る世界も
知る手段も、飛び出す手段もなく、それが自分の宿命と思い、真っすぐ前をみて生きて来た人生でした。
20歳から80歳までの60年間で子供も育ち、会社も育ち、お役目を果たせたという安堵感が今はあります。
そこでこれから余生を時間を有効に使って何をしようかと模索をして、たまたま詩吟も良いかなと思い、
詩吟教室を覗いて、指導者のお顔をみて仲間に入れてもらえそうと思い入会したのが2年弱前でした。
80歳で新しい事に挑戦する元気な気力まだ十分残ったいたので、積極的にお稽古に励んでいました。
そのお陰でコンテストにも出場したので、そのプログラムで私を同級生に発見してもらえたのです。
途切れていた赤い糸が、結ばれたようです。
参加している皆さんは卒業後64年の各々の人生を過ごされ、それはそれは多くの苦労と喜びを体験してこられ、
今は心穏やかに過ごせる領域に身を置かれていると思われるとても良い表情をしておられました。
「でも誰でも色々あるから」と笑顔で言えるのは、多くの色々を乗り越えて、今がある自信と余裕が
人の世は生きてる限り困り毎はあるのを覚悟して、楽しい仲間と、楽しい事を共有して、これからも
良い日々を過ごされると思い、感激の同窓会でした。
2次会のカラオケは私は法人会賀詞交換会に参加するために、残念ながら一参加できず失礼することになりましたが、
法人会の記念講演で脳科学者の右健一郎さんの【幸福になる脳の遣いかた】の内容で、良い仲間と共に過ごせる事は
動物の毛つくろいと同じで、脳にとても良い影響があり幸感が高まるという講演を聞きました。
同窓会の皆さんは、正にお猿さんが仲良く毛つくろいして、じゃれているよな、安心していいるような、心地良い
関係を作っているのは幸福になる脳の遣いかたをしているのだと合点が行きました。
どれだけ心地よい毛つくろをしあえる人が居るか、それが一番大事な事と思う楽しい同窓会でした。
私の生き方にも昨年の骨折を機会に、毛つくろいをし合う心地良い人との交流が出来てきています。
今年参加の町内会の新年会も、高校の同窓会も、毛つくろいのような関係性の始まりの様な気がします。
昨年からは自分の気持ちに少しずつ変化が起きてきているのを感じる出来事があります。
自分で飛び込んでゆく勇気と時間の余裕が出来て来た2025年脱皮する嬉しい蛇年です。