奈良県に大本山を構える法相宗薬師寺の大谷徹奘執事長の法話を聴き、写経などもしておりますがコロナウイルス感染拡大の影響でいつも楽しみにしていた集会も自粛となり『メールde法話会』にシフトされました。「同じことを何回教わっても思考が改まらないのです」と打ち明けたら、「だから誰しも修行を続けるのです」と諭されました。
即世情の状況を見て手法を変更されて既に3話の配信頂きました…有難い事です。
折角ですので丸ごと転写で第1話をご紹介させて頂きます。
●「はたらく」
「はたらく」を漢字で書けば「働く」、人が動くと書きます。今回は「働く=仕事」ではなく、単純に「人が動く」という観点から、現在必要とされている自粛になぞらえて考えてみたいと思います。
「はたらく」を徹奘流で書き換えると「傍楽」と「傍等苦」になります。
「傍」(かたわら)とは自分を取り囲む人、「傍等」はその複数形。つまり「はたらく」を「傍楽」と書けば、周りの人を幸せにし、「傍等苦」と書けば、周りの人々に「苦」を与えることとなります。
自分の価値観を大切にすることは重要なことです。しかし、それを優先できるのは平時のこと。この度の有事に際しては、個々の我の枠を超えての言動が必要になります。
自粛を考えるにあたって「傍楽」と「傍等苦」を、ヒントにして頂けたら幸いです。
大谷徹奘さん説法のYouTube動画リンクQRコードです。 ご興味のある方は読み取ってご覧になってみて下さい。 |