2019.3.8. 悲しいことが重なり

Ⅰ 同業者社長の逝去

同業者社長68歳の訃報が届いた。昨年から60~70台の方々の訃報が続いた。
親しくお話をしていた人、年1回会釈をするくらいの方と色々ではありますが、
平均年齢からすると、少し早い人、とても早すぎる人とおられる。
一人ひとり仕事、趣味趣向、生き方などみな違えども、おのおのが一生懸命
生きてきたのだと思うが。
もっと生きたいと本人も周囲も思っていた人、もうこれぐらいでいい頃合いかと
思った人これも色々のケースがあると思います。
人生の仕舞いかたを考えてしまい、気が重く苦しくなってしまうこの頃でした。

 

Ⅱ 葬儀の在り方もそれぞれ

家族葬で見送ったことのお知らせはがきが届く。
個人で家族葬はもう当たり前のことのように世間では主流になりつつある。
会社系では、通夜告別式の形態の葬儀と、身内密葬をして後日会社葬としてお別れ会を
行うケースがある。
今回同業者で大手と言われる規模である会社の元社長で68歳という若さで、家族葬で
済ませましたとはがきが届いた。
自分に置き換えて考えると、私が予定通りの寿命であれば後20年生存する。
私との交流があって、私を「惜しい人を無くした」とか、「若すぎたね」と言う人は
いない筈である。
そうなると家族と親しい知人数名でのお別れで、程よいと思う。
生き方と、時代と、家族の考えで葬儀の形は変わると思われるが、私はお世話になった
方にはきちんとお礼を言いたいと思う。
よって突然死とか、ぼけたりして、正常なコミュニケーションが取れない状態に
なる前に、いいタイミングでお礼をお伝えしたい。
そんな機会を持つには、生前葬をして、思い出の深い人々とたくさん話して、
笑って、泣いて、美味しいご馳走を食べて、お礼をお伝えしたい。
そんな感謝の集いを企画したいと、真面目に考えてしまう此の頃です。

 

Ⅲ 新内の先輩方のお姿

日本古典芸能である浄瑠璃の中の、新内というものを私は60の手習いで始めた。
その時は超若手としての入門で期待の新人のようだった。

それから早17年が経過した今、先輩方のお名前が 平成31年3月23日の発表会の
プログラムを見て感じるのは、この2年位の間で一人ひとりと減ってきた。

それもそのはず60歳で若手として入門した私がすでに77歳になったのだから
若くてお元気で闊達だった先輩は、70~80歳のお歳だった。
それから17年が経過し80後半から90後半となりお稽古に通えなくなってしまった。
しかしどなたもご生存しておられるのが、せめてもの救いです。
・岐阜から一人で新幹線を使い通った高尚な趣味を沢山お持ちだった殿方
・川越から一人で電車とタクシーで通っていた、97歳のおしゃれなご婦人
・お稽古をしたいが、老後の貯えが心もとなくなるのが心配でと言われた方
・養老院に入り、食事の支度も不要な生活で、一人で行動が出来なくなった方
・教育者で茶道師匠がご主人さまを見送ってから、気力がなえてしまった方
何人もの方々が良い人生を歩んで来て、最後の趣味として、新内が好きでお稽古を
楽しんでおられた。
新内が好きで,師匠が好できで、お稽古が楽しみでいたのに。
それなのに体力がなくなり、新内が出来なくなる寂しさが思われる。
何とも物悲しく、気持ちが沈んでいる自分に気付いたのは、
いずれ自分の歩む道と重なったからでしょう。

占いでは私は97歳までぼけずに生きると毎年言われているので、後20年は
色々と老後の楽しみが出来る。
足腰を強くしておけば、可能であると、自分を元気付けている。
また後に続く人に夢と希望を見出してもらえれば、幸いかなと思うのですが。

 

Ⅳ ブルーコメッツのコンサートでメンバーが倒れて

日本橋三越劇場で2019年3月4日ブルーコメッツ55周年記念コンサートが
有ることを、劇場便りで見つけたので、友人を誘い楽しみにしていた。

オープニングで舞台へ登場したタキシード姿は3人、会場があれ~4人いないと
ざわつき、司会進行役の小田さんが最初にお詫びをしますとマイクを握った。
「実はドラムのジャッキー吉川が倒れて出演できないことになりました」と言った
途端、「なんだ~ジャッキーを見に来たのに」との声が上がった。
舞台の出演者に聞こえなければ良いがな~と一瞬首をすくめてしまった。
風邪で寝込んで食が通らず、起きられなくなりと事情の説明が終わった時、
実はジャッキーがどうしてもお詫びをしたいと、駆け付けました。と紹介され
ざわつく会場に車いすで登場、マスクをしてやせ細りマイクを握り「ごめんなさい、
皆さんに迷惑をかけて、御免なさい」と涙を流して詫びる姿に、会場は騒然としてしまった。
「ジャッキーいいよ!早く直せよ、頑張れ」と頑張れコールに送られて退場した。
平均年齢79歳のメンバーに、急遽代役のドラムを交えて、精力的にブリーコメッツ
サウンドを1部2部と、軽快なトークと、疲れるな~と冗談ではなく本気トークで
満席の会場を沸かせて2時間のコンサートは幕を下ろした。
アンコールも下がってまた出る体力がなく、下がらずにもう1曲と笑って演奏した。

なぜ今時ブルコメかというと、私たち女性4名はキーボードの小田啓義先生の歌唱教室の
生徒なのです。
プロが素人のおばさんに直接発生練習から初めて、歌唱指導を下さっているのです。
そんな関係で
私達は毎年1~2回開催されるコンサートには皆で必ず応援に出かるのが常だった。
毎回先生は何時まで出来るか心配だがと言われ、これが最後かなと言いつつ、
何とか継続してきたが、今回が最後にならないように、元気を出して活躍してほしいと
生徒みんなが声援を送っている状況です。
もう80歳ですが、とにかくお元気です。末永く今が続きます様にと願うばかり。